2009年12月15日 (火)

理解とは願望である

そう、deedの言うとおり。
この話の真意はまさにそれだ。

人は自分の常識にとらわれて生きている。
ということは誰でも知っているけど、理解はしていないってことだ。

簡単に言えば、難しい話を自分の常識というモノサシで計ろうとしてしまい、全く新しいハズの概念を獲得し認識するに至らない、ということだ。

だから、僕はある時期になると自分を激しく否定するんだ。

1+1が、どのようにして2なのか。そして、どうして2なのか。

これをわかったように説明する人間は信用できない。
本当に、自分で考え抜いた答えなのか。

1本のバナナと、1個のりんごを足したら なにになるというのだ?
という、小学生レベルの疑問から始まった。
それなりに決着がついたころ、またもや考える。
1+1と1.0+1.00はどうなのか? と。

あたらしい答えを検証するたびに、それを超える別の問題が発生する。
そうやって理解したつもりが、やっぱりなんか違うのかなぁ、と別の切り口を探す。

一番身近にある現象ほど見えていない。
あたりまえを分解することが、僕の行。

常に自分を否定し疑問をかけ続けることは疲れるかもしれないけど、ただそれが僕が人と違う決定的な性質だと確信している。

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2008年11月26日 (水)

ただ一つの記憶

小学校の時、ぼくは教室の全員から悪者にされた。
授業中、突然ある女の子に花瓶の水をぶちまけたから。

すぐに学級会になって、みんなから糾弾された。
女の子たちは「さいてー!!」と言い放ち、男たちは「みそこなったよ」と僕を切り捨てた。
先生は、どうしてあんなことしたの?と、杓子定規にきいてくる。

僕は絶対に理由は言わなかった。
絶対に。

みんなは僕から離れていった。
だけど、次の年には、みんなそんなことすっかり忘れたかのように、僕と遊んでくれた。


それから20年が経った。
ぼくはこんなことすっかり忘れていた。
みんなもとっくに忘れていることだろう。

だけど、ぼくはこれからも言わないのだろう。
今更、時効かもしれないけど、それがその女の子との絆だから。
いや、その子も忘れていることだろうな。

いまさらそんなこと覚えているのは、僕だけかもしれない。
バカだよな。
ほんとバカだ‥

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2008年10月 7日 (火)

崩れゆく砂の城

からだが極限に達したからなのか。。
いや、まだ余裕があるからなのか。。
どちらにしても、どうしようもないくらいキモチが低下している。

なんだろう。。
この感覚は。。
ココロの奥底でガラガラと音を立てて少しずつ何かが崩れているのを感じる。。
砂の城のように、それは波の干渉を受け、ゆっくりと崩れてゆく。。

拳を壁に叩きつけたい。。
高い橋から飛び降りたい。。
真っ暗な海を沖に向かって飛び込みたい。。
そんな衝動が襲う。

だが、そんなことできない。
到底できない。。
なぜなら、つまらない常識の海を生きているから。。
つまらん、大人になっちまった‥


 言葉にできる寂しさは誰かが慰めてくれる。
 言葉にできない悲しみは自分で乗り越えていくしかない。

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2008年10月 5日 (日)

中島みゆきの「糸」

はじめて聞いたのは、さくらいさんバージョン。
単純な詩ではあるけど、かみ砕けばかみ砕くほど、魂に響く。
ソウルヴィブラード。。

最近、テンションが高くもなく低くもなく、フラットな状態でいる。
やっぱり20種競技のせいかな。

今日の陸上練習もいいセッションができた。
走法に名前をつけること自体すでに子供。
そんな大人で僕は良かった。

ココロがフラットになっているから、
いつも言えなかったことが、思っていたことが、ふと言える。

楽に生きましょう。
そう思う。。

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2008年9月 3日 (水)

失う前に

 「大切なものは失って気付く」

と、言います。
そうやって暮らしてきた訳じゃないけど、失って気づくことって確かにありました。

でも、

 失う前に気付いたものは大切って言わないのかな‥


ほんとは気づいていた。
いつのまにか後回しになっていってしまっていた。

何かしても・何もしなくても、時間は過ぎてゆく。
同じことに気づく毎日。
今を生きるしかないのに、それ以上を求めようとする。


 今日人生最後の日だったら、今日やることは本当にやりたいことか

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2008年8月30日 (土)

いちばんほしいもの

秋の足跡が一歩一歩近づいています。

仕事から帰り、自転車で大学のグランドに向かうとき、ふと空を見れば高い雲のひつじが北から南へ群れをなす。
自転車のかごには、陸上シューズと財布と携帯の入ったスーパーのビニール袋。

いつもの細い角を曲がり、同じタイミングでいつもの歌を口ずさむ。
いつもちょうどサビのところで大学到着。
でも、これでいい。サビは練習のことだから。

毎日、じぶんのからだと相談して、メニューを微妙に変更。
その変化の積み重ねを味わうのがトレーニングの醍醐味。

気がつけば涼しい夜風が走る僕のカラダを包み込んでいる。
日が暮れるのが早くなったことを肌で感じる。


いろんなことをした。
そして、続けている。
だけど、僕はそんな器用な男じゃない。

ほしいのはただひとつ

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2008年8月28日 (木)

それは鼻血です

「やべぇ!!どっかから鼻血出てる!!」

さっき、暗い中こけてトビラに鼻をうちつけたら、たらーっとなんか出てきたので、思わず叫んでしまった。
たぶん、どっかではなく、それは鼻血です。


ティッシュつめて寝ようっと。

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2008年5月13日 (火)

衝撃の一言 ~N2爆雷編~

「どんなにお世話になっても、一年間よくしてくれても、発表会の一週間前にいなかったらマイナスよ」by N2爆雷


「はい」以外に言えるかと。
それにしても恐ろしい、あまりにも恐ろしい発言だなぁ。

その一週間前にドイツに行く予定ですが、3日間くらい滞在したいなぁ、と思っていたんですが無理みたいです。
だいたい普通に仕事も休めないし。
なので、土曜に出て月曜の朝に帰ってくる「日帰りドイツ」になりました。
0泊3日です。

はじめて聞いた…日帰りって…
週末に隣の県に遊びに行く感覚です。。。

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2008年2月 9日 (土)

走りながら、ただ走る

僕は、毎日走っている。
それはランニングというべきものであって、ダッシュやトレーニングとはいささか違う種のモノだ。

ランニングが何かと言えば、それはただゆっくりと息が切れないペースで、家を出発点として適当に回って最終的に再び家に戻る作業を言う。

適当なウェアと長年つきあっているアシックスのマラソンシューズ、そして普通の道路があればそれは成立する。
思い立ったらすぐに始められる。他のスポーツと大きく違うところだ。

しかしながら、ランニングは僕にとってスポーツではないことは確かだ。
陸上競技の選手ではあるが、日々のランニングはそれとは確実に異なる意味合いを持っている。

僕にとってランニング、すなわち「走る」ことは、空白の自分がほしいからだ。
空白の時間と言ってもいい。

昔はそれが自転車だった。
ひたすら、ペダルをこいだ。
その先に何があるのか、なんて二の次だった。
ただ、ペダルを無心になって回すことだけで、自分という存在を限りなく空白のモノにできたと思う。
だから、一日300㎞もこげたのだろう。

それはさておき、今は冬だ。自転車は寒い。
だから、走っている。
走ればあたたかいくらいは誰も知っている。
さらに厚着をすれば、大量の汗もかくことができる。

そして、僕は空白の時間を求め、今日も明日も走りつづけることだろう。

では、空白の時間が自分にとってどんな意味があるのか。
それはまた、述べてみたいと思う。
それができるのは、3年前の大学を卒業した時でもないし、3年後のマスターズ陸上を始める時でもなく、今だと思うから。

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2007年10月31日 (水)

こみ上げる熱いモノ

これは、53のコメントを読んだ素直な感想です。
文字として残しておきたくて、書きます。
チョー長いです。

東京を去って10年近く経ちました。
あの頃、マジで楽しかった。
なんかこんな毎日が永遠に続くと思ってた。
と、同時にいつか終わる日を恐れてた。
そして、あっという間に時は流れ、みんなバラバラになっていった。
スクワットしまくった日々も、
アンダーバトンした日々も、
ヨドバシに行きまくった日々も、
どこにいくにも歩いてばっかりの日々も、
チャリで全開した日々も、
ただの想いでになっていった。
仕方がないと思ったし、みんな陸上から離れてゆくのを寂しく感じていた。

僕は東京を去り、高知で再び走り出した。
2年ほどで静岡に戻る予定が、いつのまにか8年経った。
その間、正直に話せば陸上に対する思いはゆらいでいた。
ちょっと練習すればそこそこ走れてしまう自分。
適当な練習の日々が続いた。
本当は「走幅跳」「200m」をやりたかったけど、最初の一年で飽きた。
秋の大会でそれなりに走って、もうこれでいい気がした。
そう、燃えることができなくなっていた。
東京の連中と走りまくった日々が重くて、どうにもやる気が失せていた。
それは、高知大に失礼だとは思っていたが、どうすることもできない感情だった。

だから僕は「十種競技」を始めた。
確かにオールマイティーな身体能力を持ってはいたが、短距離に対するこだわりを捨てた結果の選択だった。
十種競技の方が「楽」だから始めたのだ。

ほどよく練習して僕はそこそこの成績を残した。
二日間を朝から晩まで競技し続けるので余計なことを考えなくて済むのも良かった。
ただ、疲労感がほしかった。

自分の迷いで始めた十種競技に興味を持ってくれる人達が現れだした。
一緒に練習するようになり、一緒に試合に出るようになった。
みんなを連れて愛知で行われる「エブリバディ・デカスロン」にも参加するようになった。
いつの間にか人が増え、中四国の混成競技と言えば高知大と言えるくらいにはなったかもしれない。
知らない間に僕は「十種競技のみとさん」になっていた。

気がつけば、走り続けていた。
結局、走っていた。
いや、みんなに支えられ走っていた。
支えられて、降りられなくなってしまっていた。
そしてそれが自分の本意であることもわかった。

 陸上を通して知り合えた全ての人が、僕の走りのエネルギーです

と、言えるのだけど…
だけど、ホントはちょっと違うと思う。
誤解がないように言うと、それがどこであろうが…

 きっと僕は一人でも走り続けていたと思う
 
僕は走ることがホントに好きだと言えるから、どんな状況でも場所でも走り続けてきたと思う。
だから、どこに行っても、集まってくる周りのみんなも走るのが好きな連中ばかりなのだろう。
知らない間に僕の周りは陸上バカで囲まれていました。
僕はなんて幸せ者なんだろうか。

2007103053。
僕はお前のコトバで涙しました。
ふとリレーを思い出しました。
僕は東京時代いつだってアンカーでした。
アンカーは振り向きません。
いつもゴーの「いけー!!」というターボ音に後押しされてゴールに駆け抜けていました。
でも、そこはホントのゴールではありませんでした。
ゴーから受け取ったココロのバトンを、僕は左手に握りしめたまま永遠に走り続けるでしょう。
ホントのゴール目指して。


生きることを充実させるには、死をリアルに感じること。
同じく、ホンキで辞めることを考えていたから、本当に好きなものが見えてきたと思います。
いつか終わっちゃうんです。なんでも。だから

 「明日死ぬように今日を生き、永遠に生きるように走り続ける」

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